My Favorite Films ❶
『あの頃ペニーレインと』
(英 : Almost Famous)
誰かに勧めたい青春映画、といえば間違いなくこれだ。
ロックに魅了された少年が、批評ライターとして世界的大ヒット寸前のハンドのツアーに同行する。その道中と、彼らの若い絶妙な感情を追っていく作品なのだが、キャメロンクロウ監督自身の体験をもとに制作されたというからさらに驚きだ。
ロック黄金期と言われる70年代が舞台のこの映画には、その時代、その世界には切っても切り離せない要素が溢れている。
音楽、
ドラッグ、
音楽、
SEX、
音楽、
タバコ、
音楽。
ケイト・ハドソン演じる“ペニーレイン”が、バンドメンバーを愛し、支え、関係を持ち、振り回され、傷つけられる。
その様子は、実際にそんな女の子達がたくさんいたんだろうと容易に想像がつく。
監督本人は実際に、10代の頃からジャーナリストて活躍していた。16歳の若さでかのローリングストーン誌の記者となり、世界的ロックスター達との交流があったという。
そのせいもあり、作品の中にはあらゆるロックバンドの名前や音楽、伝説の逸話が盛り込まれている。
あるシーンでバンドのギタリストであるラッセルが、LDSをキメて屋根の上で「俺は輝ける神だ!!」と叫ぶ。これはレッドツェッペリンのロバート・プラントが実際に起こした騒動のエピソードだ。
こんな小ネタを知っていると、より一層ハマってしまう。
その直後のシーンがまた感動的だ。
メンバーが暴走したラッセルを許し、向かい入れ、古いバスに乗って次の都市へと移動する。
その中、誰かがポツリポツリと
エルトン・ジョンの『Tiny Dancer』を歌い出す。
そして、一人、また一人と増え、しまいには全員で大合唱するのだ。
このシーンは何度見ても胸が熱くなる。
長々と綴ってしまったが、
この映画は全編通して70年代を輝かせた全てのロックスターへの敬意に満ち溢れている。
そして、切なく、どこまでも爽やかだ。
日常生活に辟易してしまった時、怠惰な気持ちになってしまった時、ぜひ思い出してほしいフィルムである。
あざとくいようよ!
私はいつも「あざとい女の子」でありたいと思っている。
「あざとい」というとマイナスなイメージが強くなってしまうが、捉え方を変えるとそれは愛される術を心得ているということになる。
そして、女の子として生きている自覚を持っているということだ。
性別の話は極めてデリケートな話題なため、あまり深くまで触れることは避けたいが、私は女性として生まれたことに特に違和感や後悔はない。
むしろ、そういう運命の元に生まれたのなら、どこまでも女の子らしく、授かった性を謳歌したいと考えている。
ここのところ、所謂 "強い女性" に憧れる女の子が多いせいか、男の子らしい口調や振る舞い、仕草をする子をよく目にする。
それはそれで、個性として成り立つとは思うが、元から男女では体の作りや声の高さが違うためか、女の子は女の子らしい口調や仕草が似合うように思う。
だから私は「あざとい女の子」に憧れる。
女の子らしい柔らかい雰囲気があり、
溌剌としていて、よく笑い、悲しみ、
感情が豊かで、
どこかちゃっかりとしていて、
なんだか憎めない、
そんな女の子だ。
デビューして間もない頃の中森明菜なんて、まさにそんな雰囲気だ。
男女問わず誰からも愛されるキャラクターでいることは、想像し難い苦労が伴うだろうと思う。しかし、それでも誰かにニコリと笑える人は本当の意味で強いといえるのではないだろうか。
あざとく、ちょっぴり計算高くいながらも、人として誠実に、真っ当に生きようという心持ちは決して捨てたくない。
誰に見せずとも、強い意志と思想を持って、明日も凛と生きたい。
好きなタイプ、は。
「好きなタイプは?」
と聞かれると、いつも回答に悩んでしまう。
見た目、年齢、服装、性格、どれについての回答をすべきか、考え込んでしまうのだ。
芸能人で言うと、加瀬亮。
彼のもつ雰囲気が好き。
しかし最近、はっきりとした答えを見つけた。
「物静かで知的好奇心のある人。」
これだ。
わたしのイメージをもっとも的確に表現できると思う。
わたしはあまり、よく話す人が好きではない。
もちろん、話が面白い男性は魅力的だが、それは「口数が多い」とイコールでは決してない。
それならば、物静かでありながらひっそりと、そして強い意志と思想を秘めた人の方がよっぽど魅力を感じる。
高校生の頃は、クラスの中では決して目立つタイプではなく、いつも窓側の端の席に座って本を読んでいた。
髪はしっとりと黒く、柔らかい。
短い爪と、男性的でありながら神経の行き渡った丁寧な指先。
いつも大雑把な仕草でハイライトに火をつける。
そんな男性こそ、魅力的だと感じる。
知的好奇心が強いということは、豊かに生きて行く上で何より大切なことだ。
何事に対しても十分量の知識を渇望し、満たされることなく新たな思想を探している人は、男女問わずしてかっこいいと感じる。
そういう生き方をしている人は、決まって哲学を持っている。
もしもわたしのそれの似ていなかったとしても、互いにすり合わせていく作業を愛おしいと感じられるだろう。
そんな男性に見合うような、
凛とした柔らかい女性になりたいものだ。